社会の変化と、「小さくて強い店」の移り変わり by『料理通信』

2008年のリーマンショック以降、東日本大震災やコロナウイルスなどによる大きな世間のうねりの中で、飲食業界も様々な影響を受けてきました。時代の移り変わりとともにあった、「小さくて強い店」を追い続けたフードマガジン『料理通信』。その人気特集企画「小さくて強い店は、どう作る?」シリーズを振り返り、個人店の店づくりの変遷を追っていきます。そこには、各時流において飲食店がさまざまな制約や環境に向き合ってきた蓄積が見えてきました。

『小さくて強い店』の強さの秘訣

Point 1:『人格のある店』が、ファンにとって唯一無二になった
Point 2:悪条件に向き合うと、クリエイティビティが発揮された(本記事)
Point 3:正解がない店づくりに、生き方を投影する


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転職組がはじめた、新しい店づくり

——それでは、2009年3月号の「小さくて強い店は、どう作る?」vol.1から順に、当時の時流や傾向を見ていきましょう。

前回の記事でも話したように、リーマンショック以降、料理人ではなく異業種からの転職組による個人店開業が増えました。食べ手としての経験値の高い人たちの店づくりは斬新で、これまでにない使い勝手の良さ、工夫があり、それらを取材したのが2009年3月号。

現在渋谷の人気店「オルランド」を営む小串貴昌さんが自分が通いたい店を突き詰めて開いた広尾の2階建て極小物件「エノテカ・クリッカ」(現閉店)や、当時は飲食店も少なかった富ヶ谷で店を構えた「アヒルストア」を紹介しました。

「アヒルストア」の7坪という物件サイズは今でこそ普通に感じますが、当時の感覚ではお客さんを迎え入れて、居心地良く過ごしてもらうためには相当狭い。でも、店主の齊藤輝彦さんは内見で物件の天井の高さを見て、自分で図面をひきながら「これならいける」と思ったと。建築学科出身の元設計士だからこそできた判断と店づくりかもしれません。

特集「小さくて強い店」を展開する『料理通信』で紹介された「アヒルストア」
天井の高さを活かして広さを感じさせる/窓前に棚を作りコメント付きのワインボトルを並べてワインリストとして見せ、店の外からもワインの店だと分かるようにする/食器類の並べ方や収納をうるさく見せない工夫などなど「アヒルストア」の空間づくりを見開きで紹介。

——まさに異業種からの転職者ならではの、前職の経験が生きた店づくりだったんですね。

そうですね。7坪物件の空間をどう使うのか、随所にちりばめられた工夫を見開きでじっくり紹介しました。

——vol.1の売上部数が伸び、その人気を受けて8か月後の同年11月号ではvol.2が出たんですよね。

ヒット企画になったからというのもあるんですが、vol.1を出した後も面白い新しいお店がどんどん出てきて、取り上げたい店がたくさんあったからすぐにvol.2を出せたんです。

vol.2では、現在西荻窪の「organ」で腕を振るう紺野真さんが最初に開いた三軒茶屋の「uguisu」(現在休業中)や、江古田の人気パン店「パーラー江古田」が巻頭を飾っています。

特集「小さくて強い店」を展開する『料理通信』で紹介された「uguisu」
「uguisu」店主の紺野さんは、80年代のアメリカで個人店のカフェブームを目の当たりにした。「彼らはお金がないからセンスで工夫するしかない。でも、だからこそ今までになかったものが生まれ、面白い人たちが集まってくる。それがとびきりかっこよかった」。その感動を反映して作った店「uguisu」は、なんと開業費総額250万円。

「パーラー江古田」は、99%セルフリノベーション。半年間店の奥に寝泊まりして家賃を節約しながら、昼はバイト、夜はこつこつ店作り……という地道さに驚きました。ネットオークションを賢く使って、お金の使いどころと節約しどころを見極めたそうです。

2010年10月号のvol.3くらいまでは、そういった異業種転職組の人たちのオンリーワンの店づくりが中心でした。先行き不安な情勢の中で潤沢な資金がなくとも、こんなに素敵なお店ができちゃうのねっていうところも面白く、価値観の逆転を感じました。お金ではなくて、個人の発想、創意工夫、アイデアに価値があるという考えに共感する人が多かったんです。

——それに対して、2011年5月号のvol.4では、料理人が作る新しい発想の小さくて強い店を特集しています。

転職組による使い勝手のいい店が出てきている一方、料理人たちは修業先の師匠をお手本にして、従来通りのお店を作りがちでした。店づくりで遅れをとっていたんです。

そんな中、せっかく手にした技術で作る料理を、どんな形で提供したらお客さんに喜んでもらえるのかと考えて作られたのが、例えば渋谷のフレンチ「プティバトー」。

特集「小さくて強い店」を展開する『料理通信』で紹介された「プティバトー」
もともとは人気のプチメゾンだった「プティバトー」。もともと小さい店だったが、移転してさらに小さく。シェフ1人で回すカウンターの店になった。

メインにガルニチュール(※1)がいっぱいついたレストランのひと皿を、分解して1品ずつ小皿にして提供していたんです。お客さんはメインの肉を食べた後でゆっくりビールを飲みつつ、付け合わせのポム・フリット(※2)を頼んだりできる。そのほうが、気分や好みに合わせて料理を選べて、より使い勝手がいいんじゃないかと。

料理人がそうやって工夫を重ねていくと、ふらっと気軽に行けて料理もとびきりおいしい、そんじょそこらのお店ではかなわないレベルになるわけです。やっぱり料理人は強いなって感じたのがこのvol.4だったんですよね。

※ガルニチュール…付け合わせ
※ポム・フリット…フライドポテト

身近にある店の価値に、世の中が気づく

——2011年といえば、東日本大震災の年です。

まさにこの、vol.4の表紙撮影をしたのが震災の翌日でした。
実は2011年って、「小さくて強い店」以外にも度々店づくり特集をやってたんですよ。この年の3月号『週3回通いたい「東京バル」』、っていう特集がすっごく売れたんです。この頃、東京の単身世帯の割合がすごく上がってきていて、小さくて強い店が都市に暮らす人にとっての「お茶の間」、「ちゃぶ台」みたいな存在になっていた。

食のメディア『料理通信』編集長の曽根清子(そねきよこ)さん

家の中で人と他愛もない話をする機会がないから、店がその機能を担ってる。行きつけのお店ができれば、店の人や常連仲間と話したりして、自分の住む町に知り合いができる。それってすごい安心感につながると思うんですよね。

そう言っていたら、震災が起こりました。震災の当日も、帰宅困難者が途中の開いてるお店に立ち寄って、あの日の夜はいろんなお店が混んでたんですね。その後も余震があったり、放射能のことがあって、不安を抱えていた人たちにとって、そういう身の回りの小さいお店の存在がすごく支えになったと思います。飲食店はただ単に外食に行く場所ではなく、自分の生活を支えてくれる場所になったんだなっていうのが、2011年に思っていたことです。

——震災後も、料理通信では「小さくて強い店」のあり方を追い続けましたね。

その後、小さくて強い店を見て育った次の世代がまた店を出し、どんどん皆さん店づくりが上手くなってきました。ちょっと気の利いた、食べ物も飲み物もおいしくて空間もセンスが良くて使い勝手のいいお店が、いろんな街にできたんですよね。

2014年のvol.6あたりでは「小さくて強い店が街を作る」という現象に注目しました。メジャーな駅の隣、例えば中野じゃなくて東中野みたいなエリアにも気の利いた店ができると、そこにまた吸い寄せられるように別の店ができていく。都内のあまり賑わっていない街を、小さくて強い店が耕していったんです。それは今も続いていますよね。

遠くからもその店を目指して人が訪れるほどの力を持った小さくて強い店が、街に新しい人の流れを生んだんです。

特集「小さくて強い店」を展開する『料理通信』で紹介された「三鷹バル」
「三鷹バル」のある三鷹台駅は吉祥寺駅から2つ隣、ほぼ住人しか降りることのない各駅停車駅。周囲は静かな住宅街なのに、いつしか「三鷹バル」は遠くからも人が来る人気店に。つられて周囲にもお店ができ始め、人の流れも変わった。

——一軒の小さくて強い店が、街を活性化する。小さい飲食店が社会に与えるインパクトの大きさを物語っていますね。ちなみに、11年間で特にびっくりさせられたお店はありますか?

そうですね……2017年、センスのいいこぎれいな店がたくさん増えた中で、久しぶりに超衝撃的だったのが、このサンドイッチ屋さんです。渋谷の「ドレスのテイクアウト店」(現閉店)。

特集「小さくて強い店」を展開する『料理通信』で紹介された「ドレスのテイクアウト店」
2017年11月号の特集トップを飾った「ドレスのテイクアウト店」。3畳のキッチンに人が集まるサンドイッチスタンド。

渋谷の路地のちっちゃいスタンドで、こんなにクオリティの高いサンドイッチが売られてるんだって衝撃を受けました。しかもこの店、サンドイッチ屋なのに、夜になると人が集まってきて、ここでお酒を飲みだすんです。場所もないし、お客さん用の椅子があるわけでもない。なのに店主の森谷さんが仕事をしてるスペースにお客さんが勝手に入っていって、森谷さんにしゃべりかけながらお酒を飲んでるわけですよ。

本当に純粋に、森谷さんに会いたい、顔を見たい。それでサンドイッチをあてに飲んで、という理由だけでこれだけ人が集まるなら、なんかこぎれいなセンスのいい空間を誰もが作れるようになったけど、もはやそれもいらないんだなって(笑)。

——みんなあの手この手でいいお店を作ろうとしている一方で……(笑)。

そうなんです。ハコがなくても吸引力の強い店ができてしまうってことに、久しぶりに衝撃を受けました。

——おいしいものと店主さえいれば「強い店」ができる。究極の形ですね。

課題に向き合い、オリジナルな店をつくる

——ここまで見ていると、食べ手としての経験値の高さ、飲食が大好きな人たちが考えるお店作りが料理人の人たちへ影響を与えたり、新しい店が街を活性化してまた店を呼んだり……と、小さくて強い店の積み重ねあいでどんどん面白くなっている感じがありますね。

食のメディア『料理通信』編集長・曽根清子(そねきよこ)さん

店づくりを取材していると、本当に時代が表れているのを感じます。この年だからこうだったんだなっていう。レシピ特集以上に、店づくり取材は「今」を感じる取材なんです。

——具体的なところで、この時これが象徴的だったと記憶に残っているお店はありますか。

2020年は働き方がテーマだったんです。特集タイトルも変えて、「理想の働き方を叶える店づくり」としました。というのも、この3~4年は取材に行く先々で「働き手がいなくて困っている」と聞いてたんですよ。ただでさえ人口が減っている中で、賃金の低さや、コロナのような局面や景気に左右される不安定さといった飲食業界の問題点が人手不足を引き起こしています。

だから2019年には、1人で回せるワンオペの店の工夫を取材しました。人件費をかけずに機材に投資するお店や、1人用のキッチンを紹介して。
でも、それでは飲食業界の未来が先細りになってしまう。1人で回せる店は、スタッフを雇い入れづらい。これから学ぼうという人達が学ぶ場所がないってことなんです。

そこで、2020年はどうやったら飲食の仕事を好きなままで続けていけるのかなっていうのが、前年から翻ってのテーマになりました。

特集「小さくて強い店」を展開する『料理通信』で紹介された2020年1月号で紹介したのは、月島にある酒場「カモンチ」
2020年1月号で紹介したのは、月島にある酒場「カモンチ」

2020年のトップで取材しているのは、平日の昼に開いて18時半で閉める、しかも土日休みの酒場「カモンチ」。これはコロナ前の特集ですが、リモートワークやフリーランスの人、定年退職した人、そして子育て中のお母さんたちが意外と昼から飲みに来る。これまで酒場は夜の場所だったけれど、昼間開いているからこそ来れる人たちもいるんですね。営業時間の変更という“逆転の発想”です。

さらに、昼間営業なら、家庭をもっている、もともと飲食店で働いていた女性が店に立てる。働く場所を持つってことは、彼女たちの人生にとってもプラスになるよねという、そういうかけ合わせで実現しているお店なんです。

——同じ「人員不足」という課題に対しての解決策も、年々変わっていくんですね。

前年はワンオペだったのに、この年は女性4人組の店が巻頭にきて。1年違うだけでも時代が移り変わる様が表れています。

<『小さくて強い店』の強み2> 悪条件に向き合うと、クリエイティビティが発揮された

後編に続きます。

<後編>2021年に「小さくて強い店」を作るには by『料理通信』

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本連載では、飲食店が店づくりを続けていくために、必ず考えることになる「お金」の問題をピックアップ。

お店によって全く異なるさまざまな向き合い方に注目です。

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相木和香子

written by

相木和香子(あいきわかこ)

編集者・ライター・栄養士。東京農業大学卒業後、雑誌『料理通信』編集部を経て、現在WEBメディアを中心に活動しています。雑誌やレシピ本を読むのが趣味。