フードマガジン『料理通信』が追いかけた「小さくて強い店」たちは、2020年から続くコロナウイルスの影響下においても懸命に生き延び、先の見えない状況の中で戦い続けています。彼らはなぜ社会の変化に強く、店を続けていけるのか。前編、中編に続き、『料理通信』編集長の曽根清子さんに聞きました。
『小さくて強い店』の強さの秘訣
Point 1:『人格のある店』が、ファンにとって唯一無二になった
Point 2:悪条件に向き合うと、クリエイティビティが発揮された
Point 3:正解がない店づくりに、生き方を投影する(本記事)
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「小さくて強い店」は、なぜ「強い」のか
——小さくて強い店の特徴は時代によって少しづつ変化していますが、その中で変わらないのは、「小さくて強い店には、店主の人格が反映されている」ということだとここまでお話しいただきました。
いいお店とお客さんの関係は、人付き合いと同じように成り立っているんだと思います。お客さんがただ食べてお金を払うだけではなく、このお店と付き合っていきたいと思うのが小さくて強い店。それはやっぱり、お店にも人格を感じるからですよね。
——「人付き合い」の感覚だからこそ、景気の良し悪しには関係なく、いつもお店のことを気にかけてくれるお客さんがいる。だから「小さくて強い店」は不況でも変わらず強いんですね。
お客さんがお店を気にかける、心配してくれるというのとは少し違うかもしれません。だって、お店がなくなったら困るのはお客さんの方ですよね。すごく親しい友人がいなくなっちゃったら自分の人生困るなっていうのと同じ、そういう感覚なんだと思うんですよ。
先日、Web料理通信で「飄香(ぴゃおしゃん)」という麻布十番の中国料理店を取材しました。スタッフが多くて、支店もあって、家賃も高い。コロナの影響が大きい形態のお店です。
その店が、売上を少しでも補うため1万円の食事券の発売を始めると、1週間で100枚が売れ、さらに常連のお客様が一人で何十枚と購入されたそうです。そのお客さんにとって、飄香がなくなったら大変だから。その後、コツコツ通ってくれてるらしいんです。
——まさにお店とお客さんの関係性を表すエピソードですね。なんとしてでもお店を続けてくれないと、そのお客さんが困るからですね。
お客さんがお店を助けると言うけれど、お客さんはもともとお店の存在に助けられてるんですよね。街に小さくて強い店があって、自分の街に気軽に無駄話ができる相手がいるっていうだけでも、その人の人生の中で重要な役割を果たしていると思うんです。
普段当たり前にそれを享受しているからこそ、今回のコロナみたいに、お店に行けない状況になるとそのありがたみに気づかされる。「あ、あの店に寄ることが私にとっていいリズムになってたんだな」とか、「気分転換になってたんだな」とか。
——「お店に行く」ことが、いかに自分を支えてくれていたかがわかりますよね。
2020年最初の休業要請があった頃に、オープン間もない個人店を取材しました。最近は店を持たずに生きる選択をする料理人さんたちも増えてきているけど、今後出張料理やコンサルタントの仕事で生きていく道も考えますかって聞いたら、それは考えられないですとはっきりおっしゃって。店だからこそ、伝えられることがあるんです、と。
やっぱり、飲食店という空間で伝えたいことがあるから、皆さん店を開くんだなってその時にすごく思いました。
これからの時代の「小さくて強い店」とは
——ここまで、社会の変化や飲食店における課題にすごく柔軟に対応してるお店がたくさん登場しました。皆さん、なぜそこまで柔軟な対応ができるんでしょうか?
それはやっぱり、「なんとしてでも店を続けたい」という覚悟があるからじゃないでしょうか。世の中に対して、自分が良いと思うことや大切にしていることを伝えたいからお店を開く。そして伝え続けるために、世の中から必要とされる形に合わせて店を整え、変化させていくんだと思います。
——これまで見てきた小さくて強い店はみんな、悪条件のなかでのお店作りでも、変化する時代に対応する上でも、取捨選択のしかたが面白いお店ばかりですね。
取捨選択って、何通りでも組み合わせがあるわけですよね。だから特集を10年続けていてもまた、「その手があったか!」というお店が現れる。そういう前例にない取捨選択ができるのは、自分の中に軸があるからですよね。自分の中に基準がないと、取捨選択はできない。
ある時期から、うーんどこも悪くないんだけど、決め手に欠けるなという感じがありました。人気のお店をサンプリングして、8割くらい再現できているお店がたくさんあったんです。でもそれって、本当の意味での取捨選択ではないんですよ。
誰かが作った素敵なお店を真似ているのであって、自分が持っている信念ややりたいことを軸にして取捨選択していって作ったものじゃないんです。それだとどうしても、オリジナル以上に濃くなることはない。だから自分で考えて決めることが大事なんだなと。
——オリジナリティがない店ばかりだと、それこそ、「アヒルストアは混んでて行けないから、うちの近くのアヒルみたいなとこでいいか」ってなってしまいますもんね。
そうなんです。人気の店自体に憧れるのはわかりやすいけれども、私たちが伝えたいのはそこじゃない。悪条件をも武器にしてやるぞという姿勢に共感して、自分自身はどう戦うべきかを考える、その考え方を伝えるつもりでこの特集を作っていたんです。
その店が流行っているのは結果でしかない。なぜこの店が作れたのか、それはこんな価値観とこんな取捨選択があったから。じゃあこれを読んだあなたはどんなことがしたくて、どう実現するの?っていうことを、自分で考えて答えを探す必要があるんです。
正解なんてない中で、ただ自分のやりたい店をやるために取捨選択してみたら、これまでになかったものができた。そういう店を取材したいし、してきました。こんなのなかったよね、新しいよねっていうものを追っていくと、そこには強い芯があるってことですかね。
——今、コロナウイルスで先が見えない状況が長く続いています。コロナに負けない店づくりとは何かをぜひ教えていただきたいところではありますが、それぞれの店で環境や条件、変数が違うから、単純にこれが答えですとは言えないですよね。
未来はどんどん変わっていくじゃないですか。10年続いてる店の過去の積み重ねから学ぶことはできるけれど、一方でこの先の未来を予測して店を作ることはできないと思うんです。未来について考えていく必要はもちろんありますが、正解は誰にもわからない。
小さい店ではないんですが、南青山の「L’AS」の兼子大輔シェフが「店づくりは自分の棚卸に尽きる」とおっしゃっていました。自分が何を得意としていて、どんな技術を持っているのか。何ができて、何ができないのかを整理する。そして、どこの土俵だったら戦えるのかを突き詰めて突き詰めて考えて、それを形にしていくのが店づくりだという話をされていましたね。
——大手チェーンのような店づくりなど、ビジネス的な正解ならあるのかもしれません。しかし、それと真逆のことをやっているのが小さくて強い店。正解がないからこそ、状況に振り回されない、ぶれない軸足があることが、彼らの強さの秘訣なのかもしれないと感じました。
お店をやっている人たち自身が、やってて楽しくなきゃ仕方がないですし。自分がやりたいからやっている仕事であり、生き方なんですよね。やはり「ロス バルバドス」の、「店あっての自分」っていう言葉、それに尽きる気がします。
<まとめ>
雑誌『料理通信』が11年間にわたって見つめてきた“小さくて強い店”の変遷を見ていくと、世の中の動きや飲食業界が抱える課題がその時代ごとに反映されていることがよくわかります。リーマンショック後の不景気、東日本大震災後の不安、働き手の不在など、様々な課題や逆境を乗り越えてきた先輩オーナーたちのアイデアには、今なお学ぶところがたくさんありそうです。
限られた資金や小さな物件といった制約を逆手に取り、これまでにない価値を生み出せるのは、オーナーたち自身が誰よりも飲食店を楽しんでいるからかもしれません。
小さくて強い店は、その小さなカウンターや空間いっぱいに鮮やかな情熱を湛えて、お客さんを迎え入れてくれます。飲食店という場でしか伝えられない食の喜びや面白さ、小さなコミュニティとしての楽しみをお店とお客さんが共有できる。いや、共有したくて仕方がない。そんなお店が、時代の流れに惑わされず、前を見て走り続けられる“小さくて強い店”なのでしょう。
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本連載では、飲食店が店づくりを続けていくために、必ず考えることになる「お金」の問題をピックアップ。
お店によって全く異なるさまざまな向き合い方に注目です。
written by
相木和香子(あいきわかこ)
編集者・ライター・栄養士。東京農業大学卒業後、雑誌『料理通信』編集部を経て、現在WEBメディアを中心に活動しています。雑誌やレシピ本を読むのが趣味。