挑戦をやめない by fuzkue 後編

これからの飲食店に必要なノウハウや考え方を、お店のみなさまへインタビューする連載「愛される店のカラクリ」。お店ならではの”個性”が生まれた理由、大切にしている考え方を伺いながら、愛される飲食店の作り方を紐解きます。

連載第2弾としてご紹介させていただくのは、本の読める店として2014年10月に初台にてオープンした『fuzkue(フヅクエ)』。

すべての「気持ちよく読書がしたい人」を幸せにするためのどこにもない料金設計やアイデアには目が離せません。

店主の阿久津隆さんにお伺いしたお店づくり実現のための考え方を、3回にわたりお届けします。

fuzkueのカラクリ

Point 1:
お店が「幸せにしたい人」は誰か考え、料金設計をつくる

Point 2:
ルールを言語化して、お客さんに「歓迎」の意思を伝える

Point 3:
新しい客層との出会いは、お店を変革できるチャンスである(本記事)

『本の読める店 fuzkue』店主 阿久津さんのプロフィール写真

<プロフィール>
阿久津隆さん
『本の読める店 fuzkue』店主。岡山県でのカフェ開業を経て、お客様へ最高の読書環境を提供するお店として、2014年に「fuzkue」を開店。2020年には、下北沢の施設『BONUS TRACK』内に2店舗目を開業し、読書家たちを幸せにする店づくりに取り組んでいる。

──fuzkueの料金設計は「長時間本を読んで過ごす」方を対象としたもののみでしたが、昨年の12月1日には「短時間ぎゅぎゅっと本を読んで過ごす」1時間の読書プランも導入されましたよね。その背景は何だったのでしょう?

『本の読める店 fuzkue』の店内の様子

そもそも変動的な席料制を作ったのは、「長時間滞在する方に満足していただける仕組みにしよう」と考えてのことでした。

fuzkueで過ごすお客さんのデータを集計したところ、どの時期を切り取っても平均の滞在時間が2時間30分でした。この2時間30分が「ゆっくり本を読んで過ごしたい人が必要とする時間の平均」だと読み取りました。

──しっかりとデータを取って考えられたのですね。

そこから、それだったら2時間半過ごす人にとって最も快適な仕組みにしてみよう、と思ってつくられたのが現在の席料制です。ここでおこなったのは、「短い時間を過ごしたい人の満足度は度外視する、切り捨てる」という極端な選択でした。

この仕組みこそが、「本の読める店」にとっての正解だと思って5年程続けていましたが、短時間だけ集中して本を読みたい日だって当然ありますよね。去年の暮れのあるときに本当にふと、「そのニーズに応えようとしなかったのってどうしてだったんだろう?」「本の読める店として間違っているのではないか?」という考えがやってきて、検討を重ねた末、1時間の読書プランを導入しました。

『本の読める店 fuzkue』の「短時間ぎゅぎゅっと本を読んで過ごす」1時間の読書プラン

この読書プランは、利用者の方に飲食分のお代をいただく仕組みです。オーダーがドリンク1杯またはフード1つのみの場合は、別途300円の席料をいただいています。

──短時間のプランを導入することに懸念はなかったですか?

『本の読める店 fuzkue』店内にある本棚

変動的な席料制を導入した当初は、「普通の喫茶店」として入店してくるお客さんが少なからずいて。お会計の時に席料のことを知って「え、なにこれ?」ってなるようなことがしばしば起こりました。ですが、お店のルールを少しずつ改定していく中で「fuzkueは、本を読むための場所」というイメージが浸透していったのか、そういった事故が徐々に減っていったんです。

最近は、僕らもお客さんに対して「どういう店だかご理解いただけているかな?」と不安に思う場面が少なくなってきたので、1時間プランの導入を決意できました。

加えて、1時間読書プランに関しては、スマホの使用を禁止にしたんです。明確な制約を設けることで、もし本を読むつもりはなく入店された方でも「それだったら1時間本を読んで過ごしてみる」という体験が予期せず生まれるんじゃないかと思っていて、もしそうなれば、それはすごく面白いと感じています。

──面白い...?

偶然fuzkueに来た体験が、その人にとって読書の楽しさを発見したり再認識したりするきっかけになるかもしれないじゃないですか?

1時間本を読んで過ごしてみて「たまにはこういう時間を持つのもいいものだ」と思った方が久しぶりに本屋さんに足を運んだり、あるいはまた本を読みにfuzkueに来てくれたりなんてことが起きたら楽しいなと思ってるんですよ。今度はそういう事故を起こしてみたいなと、今は考えています。

──なるほど。fuzkueは、初台店に続き下北沢店もオープンされていますよね。

はい。新店がうまくいけば、もっといろんな場所で対応できるfuzkueになると思ったんです。思った通り、今までと違う環境だったからこそ、見えるものがたくさんありました。

初台店は2階のひっそりとした場所にありますが、下北沢店は1階の広場に面した場所にあるので、最初は「この場所、ここで過ごす他の人たちに対していかなる敬意も持とうとしない人が来たらどうしよう」という意識ばかりで、とにかく警戒していました。

今では笑ってしまいますが、「この店と関係ない人が近寄ってこないようにするためにはどうしたらいいか」に腐心していた時期もありました。

──場所が変わったことで、それまでとは違う身構え方になったんですね。それを受け入れることができた理由は何だったんですか?

どうせだったらより多くの人と悪くない関係を築けたらいいよな、ということに尽きますね。広場から近づいてきて「どんな店なんですか?」と聞いてくる人たちとのやり取りを重ねる中で、徐々に考えが変わっていきました。

当初は「fuzkueとは関係のない人たち」だと思って警戒していた人たちも、「たった今は別に本を読みたいわけではないかもしれないけれど、本を読みたいこともあるかもしれない人たち」だという捉え方に変わって。であるならば、その人たちとも気持ちよく関われたほうがいいし、それができたら、本を読みたくなったときにfuzkueを思い出してくれるかもしれない。

1時間利用の制度も、間違いなく下北沢店での経験があったからこそ生まれたアイデアです。僕らの気持ちも外に向けて開けるようになったんです。「本の読める店」はある程度完成した、と思って2店舗目をつくったわけですが、新たな場所で店を運営することで、これまで考えてもみなかった変化をfuzkueにもたらすことができました。

fuzkueのつくりかた3:新しい客層との出会いは、お店を変革できるチャンスである

──下北沢店での経験を初台店にも活かし、良い循環がまわっていったのですね。それでは最後に、fuzkueとして今後を見据えた展望を教えてください。

『本の読める店 fuzkue』本棚の上には様々な酒が並ぶ

もっと「本の読める店」を増やしていきたいです。

「自分の家の近くにもあればいいのに」という声を直接いただいたりSNSで見かけたりすることがますます増えてきたこともあるし、なにより僕自身が、全国津々浦々に「本の読める店」がある世界を見てみたい、という思いが強まっていきました。一人の読書好きとしても、そんな世界だったら嬉しいな、と。

2021年の春には、初のフランチャイズ店として西荻窪店がオープンする予定です。新たな街、新たな形態でやることによって、これまで考えたことのなかったような変化がまた起きたら面白いですね。思考を止めずにブラッシュアップをし続けながら、「本の読める店 fuzkue」を広げていきたいですね。

まとめ

「本の読める店」と銘打ったfuzkueに、読書好きのお客さんがこぞって集まる理由は、店主の阿久津さん自身が「気持ちよく読書がしたい人を幸せにする」という強い想いを持っているから。

その想いをもとに、お客さんにどうすればfuzkueの世界観を伝えられるか、何の心配や不安もなく過ごしてもらえるかを考え抜いた結果が、独自の料金設計と、小冊子の案内書きでした。

想いを持ち、発信し続けていくのは、決して容易なことではありません。ですが、阿久津さんはこう言います。

「『これは間違いなく、本を読みたくて来てくれるお客さんにとって良いことだ』と思って行動したら、後悔しないんです。信じて行動すれば小さなことでも何かが返ってきますしね。fuzkueは『清濁なんて併せ呑まない』という姿勢でやってきました。それをどこまで続けていけるかだと思っています」

その言葉通り「本の読める店」としてのfuzkueは認知度を上げ、初台店に続き下北沢店、さらには西荻窪店へと店舗拡大を予定しています。

fuzkueは、どんなときも両手を広げて優しく迎え入れてくれる。本が大好きな人にとって、なくてはならない大切な読書空間となることでしょう。

写真:辻 茂樹 編集:Huuuu

本の読める店 fuzkue

〒151-0061 東京都渋谷区初台1-38-10 二名ビル2F

12:00〜24:00(だいたい無休)

03-1234-5689

※営業時間が変更となる場合があります。最新の営業時間についてはお店HPをご確認ください

高橋まりな(ふつかよいのタカハッピー)

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高橋まりな(ふつかよいのタカハッピー)

三度の飯より酒が好きなフリーライター。合言葉は「約束はいらない、酒場で会おう」。