「店長、お話があるのでお時間頂けますか」。
多くの場合、この後に続くのは「仕事を辞めたい」という言葉でしょう。店を辞めることが本人にとって必要な選択であれば、快く送り出す気持ちにもなります。しかし、競合店からの引き抜きによるものだとしたらどうでしょう。
もちろん最終的に決めるのは本人ですし、引き抜きは優秀な人材を採用する方法のひとつです。とはいえ、これほど悔しい人材の失い方もありません。長い間大切に育ててきたスタッフであればなおさらです。どうすれば大切なスタッフを引き抜きから守ることができるのでしょうか。
飲食業界「引き抜き」の実態とは
引き抜きはこうして行われる
飲食店に限らず、人材の引き抜きは多くの業界で行われてきました。その方法はいろいろありますが、大きく分けて次の2種類があります。
・対象者の知人によるもの
・取引先・競合他社によるもの
アルバイトスタッフの場合は、競合店に勤務する友人を介して紹介されることなどが多いでしょう。社員候補の人材や一定の技術を持つ調理スタッフなどの場合は、相手が食材業者などの取引先に紹介を依頼するケースもあります。また少数ながら、視察を目的に来店した際や、外でスタッフがビラ配りなどをしているときに直接声をかけることもあるようです。
✕✕さん、うちのお店に来てくれない?君みたいな接客が得意なスタッフがうちにも欲しくてさ〜。今の店より条件も上げれるんだけどどうかな?
お店を骨抜きにする「ヘッドハンティング」
店長やリーダーを対象者とする場合は、取引先や競合店による引き抜きの他に、人材紹介会社による仲介という方法もあります。優秀な人材を配置する可能性が高い新規店舗や、大型店舗を任されている店長を対象者に選ぶ場合は、まず電話でコンタクトを取り、本人の同意を得て話を進めることが多いようです。
こうした店舗のトップ、あるいは社内の核となる人材のヘッドハンティングが横行する背景には、無料で登録でき先方からオファーを受けられる、飲食業界専門の転職サイトの存在があります。また、人手不足を補うため、雇用条件を大幅に見直す企業が増えたということもあるでしょう。
引き抜きがスタッフに与える影響
アルバイトスタッフの中心的存在が他店に引き抜かれたとき、怖いのは他のスタッフまでそちらに流れてしまうことです。実際、社員候補だったスタッフが「今の店よりも確実にいい条件を出す」という言葉で誘われ、他のスタッフ数名を連れて競合店に移籍したという例もあります。
残されたスタッフと店に引き抜きが与える影響は、決して小さくありません。単にシフトのしわ寄せが来るだけでなく、店から一体感が失われたり、顧客やノウハウが流出したりします。残ったアルバイトスタッフも「裏切られた」と感じ、一気にモチベーションを落としてしまうかもしれません。だからこそ、引き抜きからスタッフを守る必要があるのです。
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大切なスタッフを奪われないために必要な3つのこと
「そこで働く意味」を共有する
そもそも引き抜きが起こる主な要因は、スタッフがそこで働く意味を感じられず、お店との関係が希薄になることです。
例えば、店での電話対応を教えるとします。店側は、お客さまに適切に対応してほしい、という目的があるでしょう。でもそれだけでは、スタッフ自身が電話対応を覚えることに意味を感じられません。そこで、「将来どんな仕事を選ぶにしろ、丁寧な電話対応ができると役に立つ」と前置きした上で教えたら、どうなるでしょうか。おそらく多くのスタッフは、「将来役に立つ」という部分に意味を感じるはずです。
ただ生活費や小遣いを稼ぐために働くのではなく、他に何が得られるのかを認識すると、働く意味が生まれます。それは人によって、「やり切る自信」や「丁寧な言葉遣いを覚えること」、あるいは「仲間を作ること」かもしれません。その店で自分が得られるものや、働く意味を共有できれば、スタッフと店は簡単に切り離せない強い関係で結ばれることになります。
明確な役割を与える
スタッフ自身が店で「必要とされている」と感じられることも重要でしょう。人が居心地の良さを感じるのは、自分が必要とされる場所だからです。決して否定されることなく、自分を必要としていて受け入れてくれる。そんな場所に人は愛着を持ち、離れたくないと考えるものです。
引き抜きの場面で本人に提示されるのは、今より高い給与や約束されたポストといった雇用条件だけです。もちろん、現状に満足していなければそれも魅力的に映るかもしれません。ですが本当に不満なのは、自分がそこで働く意味を見いだしていないから、あるいは必要とされていると感じられないからではないでしょうか。
これは、何百人というスタッフを面接してきたからこそ言えるのですが、時給や通勤時間などの利便性を最優先に店を選ぶ人は、ほとんどいません。それよりも、良好な人間関係を築けるか、自分が成長できる場所であるかという点を気にする人の方が圧倒的に多いのです。
今のお店はメンバーが仲良くて楽しいし、仕事も成長できてるなぁ。
そこで必要になるのが、それぞれに明確な役割を与えて「自分は必要とされている」と感じられる環境を作ることです。例えばアルバイトリーダーや新人スタッフの教育係、ドリンクメイクのスペシャリスト、店長のサポート役、予約管理の責任者、おすすめメニューをプッシュする担当者、忙しいときのムードメーカーなど……。役割は考えればいくらでもあります。
大事なのは、スタッフがそれぞれの役割を明確に理解し、その重要性を肌で感じることです。そのような居場所ができれば、少しいい条件を提示されたからと言って引き抜きの話を受けるスタッフは減るでしょう。
評価基準の明確化と開示
「時給を最優先に店を選ぶ人はほとんどいない」とお伝えしましたが、それは時給に関心がないという意味ではありません。時給がいいに越したことはないでしょう。ただし経験上感じたのは、多くのスタッフが「いくら上がったか」よりも、「なぜ上がったか」の方に関心があるという点です。
実際にあった例では、何の前触れもなく時給を50円上げるより、評価基準を開示した上で、計画的に20円上げた方が喜ばれる傾向にあります。それは、後者の方が達成感を得られるからでしょう。
評価基準は「頑張ったから」といった抽象的なものではなく、次のように具体的にまとめたものを何段階かに分けて作成します。
・宴会の進行を新人スタッフに教えられるか
・店長不在時に発注業務ができるか
・ドリンクレシピを全てマスターしたか
このような方法をとると、自分が今どのレベルだからどのくらいの時給になるのか、透明性を持たせることができます。評価基準を明確にして開示することで、成長する喜びを喚起し、店長と二人三脚で計画的に時給を上げていくという成功体験を得られます。そうした体験が蓄積できれば、店とスタッフの関係はより強固なものになるはずです。
お店にとって働く意味を共有し、役割を与えよう
人手不足が深刻化するなか、競合店だけでなく他業界からの引き抜きも増えるでしょう。ですがしっかりと対策を講じることで、引き抜きによってスタッフを失うことは防げます。例えば、その店で働く意味を共有する、それぞれに役割を与えることで自身の必要性を感じさせる、明確な基準に基づいて評価し成長する喜びを一緒に味わうなどです。このような点に気を配れば、スタッフが簡単に離れていくことはありません。
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written by
FOOD-IN編集部
FOOD-IN編集部ライターが未来の飲食店をつくるための経営ノウハウをどのメディアより”分かりやすく”をモットーにお届けします。