FOOD-IN編集部が注目の飲食店をピックアップ! 今回は昆虫食専門店『ANTCICADA(アントシカダ)』をご紹介します。"虫を美味しく食べる"レストランとして幅広い層から支持を集め続ける理由に迫ります。本記事は後編です。前編はこちらから。
ANTCICADAの創意工夫
前編:"虫を美味しく食べる"レストランが受け入れられた理由とは?
中編:昆虫は「何かの代わり」じゃない。個性を活かす料理づくり
後編:お客様に応じた話し方で、昆虫食を日常のものにする(本記事)
味だけじゃない、昆虫の魅力を伝える
──お店として、今後の課題はありますか?
昆虫食の面白さでもある「非日常の刺激的な体験」の側面と、人々の生活に馴染んでいく「日常の選択肢の一つとしての昆虫食」という側面のバランスですね。
難しいのは、昆虫食を食べる動機が「ユニークな体験をしたい!」だけになってしまうと、「非日常の体験」止まりになると思うんです。
──食べ慣れていない人にとっては、どうしてもインパクトが強い存在ではありますよね。
それも昆虫食のおもしろいところなんですけどね。虫の造形や動きに「怖い」「気持ち悪い」みたいなイメージを持っている人は多い。ただ、そのイメージが強ければ強いほど、食べてみて美味しかった時にギャップが生まれるんです。
たとえば唐揚げを食べに行って「唐揚げ美味しい!」だと、当たり前じゃないですか。ギャップがないので。昆虫は「虫を食べている自分」と「美味しいと感じている自分」の間にギャップがある。「イメージと味が一致しない、頭の中でズレが生まれる」ことが、昆虫食の面白さの一つでもあるんです。
──インパクトの強い造形やイメージも、「食体験」と考えると面白い武器になるんですね。
そうなんです。ただ、コース料理のなかではっきりと昆虫の形が見える料理は2〜3割に抑えています。そのために、出汁やソースにしたり、形を変えて使ったり。
──全体で見ると、昆虫の形が見える料理の方が少ないんですね。
インパクトは出る反面、純粋に昆虫の味を味わってもらうことを考えると、マイナスの面もあって。
「昆虫を食べている」ことを目で強く意識してしまうと、緊張するというか、ドキドキして平常心でいられない人もいる。それだと、味に集中できないと思うんです。
──たしかに。そう考えると、コオロギラーメンや蚕のソーセージは抵抗感なくスルッと食べることができました。
ラーメンやソーセージは「入口」の料理なので。昆虫の見せ方は、それぞれの料理の意味や狙い、目的によって使い分けていくようにしています。
反対に、興味を持ってくださったお客さんには、調理前の昆虫や、収穫する際の映像もお見せするようにしていて。見てみますか?
店のスズメバチは自分たちで駆除して獲ったものを使っています。だからこそ、どういうことを考えながら獲るのかとか、何が難しいかとかもお話しできる。
──自分が食べる生き物の生態を知るのも、レストランでの体験の面白さかもしれませんね。
そうですよね。お客さんによって一人一人興味があるものも感覚も違うので、お話しながらわかる範囲で汲み取って、そのお客さんが一番テンションの上がるものを伝えられたらと思っています。
それは調理法かもしれないし、情報が好きな人にとっては、昆虫の生態の話かもしれない。たとえばいまの季節だと「ざざ虫」という虫の話がおもしろい。伝統的に食べられている虫なので今でも専門の猟師さんがいて、今月から猟が解禁されたんです。しかも、猟をする場合は事前に許可申請をしないといけなくて…みたいな話をしたり。
──食材調達の話も面白いですね!
あとは、シンプルに昆虫の造形が刺さる人もいます。「スズメバチってカッコいいですよね?」って話で盛り上がったり。
お客さんとコミュニケーションをとっていると、実際に食べていただいた上で、その虫の魅力をストレートに伝えると、意外とちゃんと伝わるな、と感じるんです。
──お客さんごとの興味のスイッチのようなものをどう押すのか、考えながら伝えているからこそですね。
もちろん、最初にあるのは「珍しさ」だと思うんです。昆虫食の刺激的な部分や珍しさをまずは楽しんでもらいつつ、食べ終わってみたら「普通に美味しい料理だったな」くらいの気持ちで帰っていただくのが理想ですね。
「非日常の体験」から「日常の料理」と思えるところまで、食事の中でうまく伝えていく設計を意識していますね。
──篠原さんが、このお店で目指しているものは何でしょう?
最終的には、日常の選択肢の一つに「昆虫食」があるといいなと思っています。
ANTCICADAで食べるだけではなく、帰ってネットで昆虫食の食品を買うでもいいし、コオロギビールを買ってくれるでもいい。たくさんの人が生活のなかでも、昆虫食に興味を持ってもらえるようになればうれしいです。
そのためにも、できる限りたくさんの人と一緒に昆虫食の魅力を伝えて、一緒に可能性を追求していきたい。自分一人でやっていると仙人みたいになってしまうと思うんです。
ANTCICADAではシェフたちと一緒に昆虫料理の創意工夫をして、お客さんからは「そんな捉え方をされることもあるんだ!」とか「そういう感想なんだ」と感じる新鮮な反応をいただいて。そうした人との交わりのなかから、昆虫の可能性を考えていける。
一緒に昆虫食文化を深堀りしていくためにも、店を通じてお客さん一人一人に魅力を伝えていきたいと思っています。
──昆虫食が「日常の選択肢になる」と信じているからこそ、お客さんの興味や関心の度合いに合わせながら魅力を伝えていけるんですね。今日は本当に、ありがとうございました!
まとめ
昆虫食を「珍しいもの」ではなく、新しい料理の一ジャンルとして捉え、可能性を探求する『ANTCICADA』。
お客さんの興味関心のグラデーションをうまく汲み取りながら、昆虫を語ったり、調理前の実物を見せたり、生態の映像を見せたりと、抵抗のない範囲で昆虫の魅力を伝えていく。
「昆虫食は、日常の選択肢になる」と強い目で語ってくれた篠原さん。昆虫に惚れ込んだ篠原さんが「お客さん一人一人に合わせる」工夫をしているからこそ、ANTCICADAの昆虫料理は多くの人から注目され、愛されているようでした。
ANTCICADA
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written by
いぬいはやと
1993年生まれの編集者・ライター。ローカルを軸にした編集チーム『Huuuu』に所属し、外食、1次産業、移住などを中心に取材。趣味で酒場のメニューを収集しています。