日本ではコロナによる飲食店への営業自粛要請が1年以上続き、多くの飲食店が窮地に追い込まれています。資本力も小さい個人店がコロナ禍をくぐり抜けてお店を続けていくためには、どうしたらいいのでしょうか?
その答えを探していたら、ある雑誌にたどり着きました。それは、フードマガジン『料理通信』の、店づくり特集号。
『料理通信』は2006年から2020年まで「Eating with Creativity~創造的に作り、創造的に食べよう~」をキャッチフレーズに作り手(生産者)、使い手(料理人)、食べ手(生活者)をつないできた雑誌です。その人気企画の一つ「小さくて強い店は、どう作る?」は、2009年から2020年までに11回特集が組まれたロングラン企画。『料理通信』はこの特集を通して、リーマンショック以降、不況を生き抜く個人飲食店を追い続けてきました。
今回、個人経営の飲食店の店づくりについて、数多くの人気店店主に取材してきた『料理通信』編集長・曽根清子さんに、「小さくて強い店」の強さの秘訣を聞きました。
編集部が出会った数々の個性豊かな「小さくて強い店」の店づくりエピソードの中に、これからの飲食店づくりのヒントが見つかるはずです。
曽根清子(そねきよこ)
食のメディア『料理通信』編集長。経営コンサルティング会社を経て26歳で料理雑誌の編集者に。2006年、フードマガジン『料理通信』を仲間と共に創刊、副編集長を務める。2017年7月より同誌編集長に。2020年末に『料理通信』休刊後、現在は『Web料理通信』を運営。
『小さくて強い店』の強さの秘訣
Point 1:『人格のある店』が、ファンにとって唯一無二になった(本記事)
Point 2:悪条件に向き合うと、クリエイティビティが発揮された
Point 3:正解がない店づくりに、生き方を投影する
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いまの時代にもフィットする「小さくて強い店」とはなんなのか?
——『料理通信』が2009年から10年以上にわたって度々特集してきた「小さくて強い店は、どう作る?」シリーズ。まずはこうした特集を組んだ経緯を教えてください。
もともとの大きなきっかけは、2008年のリーマンショックです。大企業に勤めていてもいつ切られるか分からないという不安定な状況の中で、自分で食い扶持を稼ぎたいという独立志向の機運が高まってきた印象がありました。
そんななかで、脱サラや他業種からの転職組が開く、コンパクトな飲食店がたくさん生まれました。これまでにはない居心地の良さや面白さ、使いやすさを提供するお店が目立ってきたんです。
それまでは、飲食店といえば料理人さんが修業の上で店を開くというのが個人店の王道だったので、大きな変化でした。
——料理人とは違う視点を持った人たちが作るお店が増えたんですね。
そうです。彼らは料理の修業経験はなくとも、食べ手としてはすごく経験を積んできているんです。そういう人たちは、例えば店の空間づくりについては料理人よりもアイデアが豊かだったり、ネットワークを持っていたりする。食べ手としての経験から考える「こんな店があったらいいな」が反映された店が、次々に人気になっていきました。それを取材してできたのが「小さくて強い店は、どう作る?」です。
——そもそも、「小さくて強い店」とはどんなお店なのでしょうか?
「お金がない」「狭い」「立地が悪い」といった悪条件を解決する、面白いアイデアを持っている個人経営の飲食店を「小さくて強い店」と呼びました。彼らには投資家がついているわけではなく、少ない資金でお店を開きます。限られた予算で借りられる物件は駅から遠かったり路地裏だったり、極端に狭かったりする。あるいは、スタッフが少ないという人員上の制約もあります。そういったネガティブな条件を強みに変えてしまうほどの、逆転の発想を編み出したオーナーたちの店づくりを、この特集では紹介してきました。
——この特集は一見、飲食店の開業ノウハウ本にも見えます。しかし店をやりたいと考えている人だけではなく、一般の読者からも好評だったそうですね。ヒットの理由はなんだと思いますか?
単なる開業ノウハウだけの本ではなかったからだと思います。
みんな「こんなお店があったらいいな」という理想があって、でも世の中にそういう店がないと思うから、自分で店を開くわけです。開業の肝になる「店を通じて、オーナーがお客さんに何を伝えたいのか」というテーマやメッセージを伝えたからこそ、一般の方にも読まれる特集になったのかもしれません。
もちろん開業がテーマなので、お金の使い方や見取り図といった現実的な部分も紹介はしているんですが。
——特集の中では、各店の店づくりにおける工夫や経緯だけではなく、借入金や物件取得費、坪単価など、開業資金の内訳がつまびらかに公開されていることに驚きました。なぜここまで赤裸々に数字を発表しようと思ったのでしょうか?
店づくりをするには、店主の価値観(理想)と具体的なお金の使い方(現実)の両方が必要不可欠だからです。限られた個人資金の何百万円をどう使うか考えて、じゃあ機材に使おうか、エントランスに使おうか……と真剣に悩む。そうして決めた開業資金の内訳は単なる数字ではなく、「価値観を伝えるために何を優先したのか」という取捨選択の結果なんだと思います。
——店づくりにおける理想と現実を結びつけるのがお金の使い方であり、取捨選択なんですね。
そうですね。そして取捨選択ができるのは、自分の中に「こういう店を作りたい」という軸があるから。伝えたいことややりたいことがあって、それを実現するためには何を優先するべきかという判断の積み重ねです。
——開店から5年、10年と歩みを進め、コロナ禍においても粘り強く生き抜いている個人店がたくさんこの特集に登場していますが、それらのお店の強さの秘訣はいったい何なのでしょうか。
私たちが取材を通して出会った小さくて強い店はみんな、「なぜあなたは店を開いたんですか」という問いに対して、その人にしか答えられないオンリーワンの理由を持っている人たちでした。だからこそ、お店を開いた後に続けていけるんだと思うんです。
——取材をする中で、特に印象に残っているお店はありますか?
2012年8月号のVol.5の表紙を飾った「ロス バルバドス」ですね。渋谷の古い雑居ビルにある3.5坪のお店です。店主の上川大助さん、真弓さん夫妻はもともと千葉県市川市で10年続けた店を閉め、一時は別の職業に就いたこともありました。
渋谷で店を再スタートしてからも、しばらくは苦労の時期だったそうです。でも、やめようとは思わなかった。それは、市川の店を閉めたとき、「店あっての自分」であると気が付いたから。「バイトをしてでも店を維持しよう」と心に決めて、渋谷の店を再スタートしたんです。
——並々ならぬ覚悟ですね。
そう、本当にすごいと思って。
小さくて強い店は、店主の人格が映りこんだ店だと思います。その店に行くことがすなわち店主に会いに行くことであるお店。
本人に会うだけじゃなくて、店主が選んだ内装や、店主のことが好きで集まってくる他のお客さん、その人がいるからこそ出来上がっていく空間と時間を求めてお店に行くわけです。
店をやることが生きることそのものに近い。そこがいわゆるフードビジネスとは全然違うものなんだなって思うところなんです。こういう生き方をしたいという、店主たちの人生がそのまま形になったお店を取材してきました。
——人生そのものを表す店が、小さくて強い店であると。
はい。この特集に登場する店づくりは、流行っているお店や、儲かっているお店の作り方とはちょっと違うのかなと思います。見せたいのは、メッセージがあって、それに共感する根強いファンがついてくれるお店の作り方。
ファンがついている、つまりそれは、その店でないと味わえないものを提供していて、お客さんにとって「そこじゃないとダメなお店」なんですよね。だから、こういう状況においても、ファンを持っているお店は強いと思います。
——たくさんの店主たちの人生が詰まった特集。過去の号からも、学べることが多そうですね。
「小さくて強い店」の特集はとても貴重なアーカイブじゃないかと思っています。11年間のうち、取材をした時期によっても「小さくて強い店」が目指すお店の形は違いましたから。
——中編では、過去の特集を振り返りながらお話を聞きたいと思います。
<中編>社会の変化と、「小さくて強い店」の移り変わり by『料理通信』
「お金と向き合う新しい店」連載一覧はこちらから
本連載では、飲食店が店づくりを続けていくために、必ず考えることになる「お金」の問題をピックアップ。
お店によって全く異なるさまざまな向き合い方に注目です。
written by
相木和香子(あいきわかこ)
編集者・ライター・栄養士。東京農業大学卒業後、雑誌『料理通信』編集部を経て、現在WEBメディアを中心に活動しています。雑誌やレシピ本を読むのが趣味。